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エージェンシー理論とは

 

 

このページでは『エージェンシー理論』の紹介しています。

エ-ジェンシ-理論の理論的構想を理解しやすくするために、ここでは標準的な新古典派経済理論について必要な範囲で説明する。まず、標準的な新古典派経済学では、様々な仮定がなされるが、人間行動に関する仮定として、以下のような効用極大化仮説と完全合理性の仮定が重要な役割を果している。

(NC1)すべての経済主体は効用極大化する。
(NC2)すべての経済主体は完全な情報収集、処理、そして伝達能力をもち、完全に合理的に行動する。

 このような仮定のもとでは、経済主体は他人をだまして利己的に自分の効用を極大化することはできない。というのも、すべての経済主体は相手の行動を完全に知ることができるからである。
 ここで、もしこのような仮定に従うメンバ-から企業組織が構成されるとすれば、企業経営者はすべてのメンバ-の行動を完全に監視できるので、各メンバ-はたとえそれぞれ異なる固有の目的をもっていたとしても組織内でそれを追求することはできない。何よりも、メンバ-は企業家が設定する目的つまり利潤極大化にしたがって行動せざるをえない。このことは、株式会社についても同様にあてはまる。株主は経営者の行動をすべて認識できるので、経営者は株主をだますような行動はできず、結局、株価最大化が企業目的として設定されることになる。
 したがって、標準的な新古典派経済学では、企業行動を理解する場合、企業家の行動だけを観察すれば十分となり、企業組織を構成する個々のメンバ-の固有の利害や行動について分析する必要はないのである。

〈エ-ジェンシ-理論の理論的基礎と基礎概念〉
 これに対して、エ-ジェンシ-理論では、新古典派経済学の完全合理性の仮定がゆるめられ、人間の行動仮定に関して、以下のような形で効用極大化仮説と限定合理性の仮定が導入される。

(AT1)利害の不一致の仮定:すべての経済主体は効用極大化するが、その利害は必ずしも相互に同じではない。
(AT2)情報の非対称性の仮定:すべての経済主体は情報収集、情報処理、そして情報伝達能力に限界があり、相互に                                                同じ情報をもつとはかぎらない。

 これらの仮定のもとに、企業行動を分析する場合、もはや企業家の行動だけを理解するだけでは十分ではない。より正確に、株主と経営者、経営者と従業員、そして管理者と労働者といった異なる利害をもつ主体間の関係に注目する必要があり、これによって企業行動をめぐる幅広い経済現象をより正確に分析することが可能となる。
 とくに、このような関係をより正確にとらえる一般的フレ-ムワ-クとして、エ-ジェンシ-理論では、プリンシパル(依頼人)とエ-ジェント(代理人)という概念が導入される。ここでは、ある目的を達成するために権限を委譲する人はプリンシパルと呼ばれ、権限が委譲され代行する人はエ-ジェントと呼ばれる。そして、プリンシパルが自分の目的のために、エ-ジェントに権限を委譲して特定の仕事を代行させる契約関係はエ-ジェンシ-関係と呼ばれる。このような関係をエ-ジェンシ-理論は分析の基本単位とする。 このように、エージェンシー理論は、新古典派経済学の完全合理性の仮定をゆるめ、限定合理性の立場に立つことによって、一方でその説明範囲を拡張し、他方でより正確に取引契約関係を分析するために、エージェンシー関係というフレームワークを導入する理論であるといえる。

〈エ-ジェンシ-理論の理論的構想〉
 さて、以上のような限定合理性の仮定のもとでは、エ-ジェントはプリンシパルの不備につけ込んで、悪徳的に利益をえることができる。このように相手の不備につけ込んで、悪徳的に利己的利益を追求する行動は機会主義的行動と呼ばれ、このような行動がもたらす非効率な資源の利用と配分現象として、たとえばアドバ-ス・セレクション(逆淘汰)(2)やモラル・ハザ-ド(道徳的危険)(3)が有名である。
 これらのうち、アドバ-ス・セレクションとは、プリンシパルとの契約前にエ-ジェントが隠れた情報をもっている場合に生じる非効率な現象である。たとえば、保険加入者は保険契約以前に自分の健康状態について隠れた情報をもつ。保険会社はこれを完全に知ることができないので、保険料は比較的高く設定されることになる。この高い保険料は健康な人々にとって魅力的ではないが、不健康な人々にとってはなお魅力的でありうる。それゆえ、保険契約をめぐって、不健康で悪質な人ばかり集まってしまうという非効率な現象が発生する。これが、アドバ-ス・セレクション(逆淘汰)現象である。
 これに対して、モラル・ハザ-ドとは、プリンシパルとの契約後にエ-ジェントが隠れた行動を行うことによって生じる非効率な現象である。たとえば、企業経営者は契約するときに株主の利害に従うことを約束するかもしれない。しかし、契約後、株主は経営者の行動を完全に観察できないので、経営者はそれに付け込んでさぼりだす可能性がある。このような非効率な現象が、モラル・ハザ-ド(道徳的危険)現象である。
 このように、エージェンシー関係から発生する機会主義的行動によってもたらされる非効率な資源の利用と配分問題は、エ-ジェンシ-問題と呼ばれる。そして、この非効率を反映して生み出されるコストは、エ-ジェンシ-・コストと呼ばれる。このエ-ジェンシ-・コストの発生を事前に抑制するために、様々な制度が展開されることになるという基本的考えのもとに、現実の様々な制度を説明し、政策を展開しようとするのが、エ-ジェンシ-理論である。

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